バイオトイレの衛生管理を科学する|京大連携で証明した「高い安全性」と科学的プロセス管理
- #研究開発
建設現場や公共施設、観光地におけるトイレの衛生管理。それは、利用者の快適性はもちろん、企業の評判や安全衛生管理体制にも関わる重要な課題です。
「臭いのクレームが減らない」「衛生状態が気になり、従業員に申し訳なく感じる」「どの製品が信頼できるのか、客観的な判断基準が欲しい」。そうした切実な悩みを抱える現場責任者や施設管理者は少なくありません。
これまで多くのバイオトイレは、「使用回数」を目安に画一的な管理が行われてきました。しかし、同じ基準で管理していても、なぜか現場によってコンディションが安定しない。その不確実性を根本から解決するため、私たち株式会社ミカサは、京都大学大学院・原田英典准教授の協力のもと、2つの科学的検証に乗り出しました。
- 臭いの原因解明: 臭気と関連性の高い要素は何か?
- 資源化の可能性検証: 使用済みチップを安全な堆肥として活用できないか?
本記事では、これらの検証で得られた科学的根拠を基に、臭いに影響する真の要因や大腸菌検査の正直な結果を詳説します。
目次
衛生管理の「なぜ?」に科学で挑む
バイオトイレの品質を安定させるため、業界では「使用回数」が一般的な管理指標とされてきました。しかし、同じ目安で管理していても、現場によってコンディションに差が出てしまうのが、管理担当者の悩みの種でした。
「使用回数を目安に管理しているのに、なぜか現場によって臭いの発生度合いが違う」
「マニュアル通りにやっているはずが、突然チップが固化して機能が停止してしまう」
こうした課題は、バイオトイレが微生物という「生き物」の働きに支えられているからこそ起こる、ある意味で自然な現象です。微生物たちの活動は、使用回数だけでなく、その日の気温や湿度や利用される方の体調など、さまざまな要因が複雑に絡み合って日々変化しています。
この「目安だけでは捉えきれない複雑さ」に、従来の画一的な衛生管理の限界がありました。そこで私たちは、このブラックボックスの中身を解明し、誰もが安定して高い品質を維持できる管理体制を築くため、まず内部で何が起きているのかを科学の目でじっくりと見つめ直すことから始めたのです。
【ポイント】
- 従来の「使用回数」という画一的な管理指標だけでは、バイオトイレの品質を安定させるには限界がありました。この「なぜ?」を解明することが、私たちの科学的アプローチの出発点です。
【科学的根拠①】京大の機械学習が解明した「臭いを左右する3大要因」
私たちは、臭いという感覚的な問題を客観的なデータで解明するため、京都大学・原田英典研究室と共同で、実際のメンテナンス記録をAI(機械学習)で分析しました。
その結果、これまで相関関係が不明瞭だった各要素の中から、臭気に特に強く影響する3つの要因が数値で特定されました。
この分析の目的は、ミカサが蓄積してきたメンテナンス記録を用いて、臭気が「色」「チップ水分」「使用期間」「使用回数」「チップ状態」といった要素のどれと最も関連性が高いかを明らかにすることです。
分析には「ランダムフォレスト」という機械学習の手法を使用。これは、ある結果(今回は臭いの5段階評価)に対し、どの要因がどれだけ影響を与えているかを数値(影響度:IncNodePurity)で評価できる高度な分析技術です。
今回、約2年分の実稼働データを解析した結果、臭いへの影響度は以下の通り明確な序列で示されました。

順位 | 影響因子 | 影響度 (IncNodePurity) | 解説 |
---|---|---|---|
1位 | 使用回数 | 107.77 | トイレがどれだけ使われたか。蓄積される負荷の指標。 |
2位 | 水分量 | 100.27 | チップに含まれる水分の度合い。微生物の活動に影響する。 |
3位 | 状態(目視) | 82.30 | チップの色や固まり具合など、見た目の状態。 |
(出典:京都大学 原田英典「バイオミカレットのメンテナンスデータ分析の結果まとめ」より)
この結果は、「何を重点的に管理すれば臭いを効果的にコントロールできるか」という問いに対する、科学的な答えです。
業界の通説通り「使用回数」が重要である一方、それに匹敵するほど「水分量」が大きな影響を持つことがデータで裏付けられました。この知見は、これまでの画一的な管理から、より精密な管理へと移行するための、確かな道標となります。
【ポイント】
- AI分析により、臭いの主要因が「使用回数」と「水分量」であることをデータで特定。これにより、感覚に頼らず、重要管理点を絞った効率的な品質管理が可能になりました。
【科学的根拠②】堆肥化を目指した大腸菌検査が示す「安全性」と「管理すべきリスク」
私たちは、バイオトイレから取り出した使用済みチップを、将来的には安全な資源(堆肥)として活用できないかと考えています。
その可能性を探るために、次に衛生安全性を測る重要な指標である大腸菌の含有量調査を実施しました。この検査は、堆肥化への第一歩として、まずは使用済みチップの「健康状態」を正確に知るための大切な検査と言えます。
この衛生性評価は、「堆肥として利用する上で、本当に安全と言えるのか?」という問いに科学的な答えを出すため、京都大学に分析を依頼しました。実際の現場で稼働しているミカサのバイオトイレ15台から使用済みチップを提供し、その衛生状態を詳しく調べてもらいました。
【結果①】15検体中9検体で、大腸菌は「検出せず(ND)」
まず注目すべきは、調査した検体の6割にあたる9検体で、大腸菌が検出限界値を下回ったという事実です。これは、ミカサのバイオトイレが通常の利用環境において、衛生状態を良好に維持できる可能性を示す力強いデータです。
【結果②】リスクの特定と管理
一方で、私たちはリスクからも目を背けません。分析の結果、15検体のうち4検体で、米国の環境保護庁(USEPA)が定める堆肥の衛生基準(Biosolid基準 Class A)を超える大腸菌が検出されました。
これは即「危険だ」と結論づけるものではなく、「どのような条件下でリスクが高まる傾向にあるかを、私たちは科学的に把握している」ということを意味します。
過度な使用頻度や不適切な水分管理といった条件下で、衛生レベルが低下する可能性があるとデータで特定できたことに、大きな意味があるのです。
米国の環境保護庁(USEPA)が定める堆肥の衛生基準(Biosolid基準 Class A)とは?
因みに、Biosolid基準 Class Aとは、公園やゴルフコースなどの土地に施用される程度のレベルです。
以下、米国の環境保護庁(USEPA)より
Biosolid基準 Class A
パート503のクラスA要件は、処理済み下水汚泥中に存在する病原体によるリスクをさらに低減することを目的としています。そのため、クラスAバイオソリッドの土地施用に関する追加要件は少なく、公園やゴルフコースなどの土地に施用されることが多いです。Class A Biosolids
The Part 503 requirements for Class A are designed to further reduce the risk from pathogens present in treated sewage sludge. Thus, there are fewer additional requirements for land application of Class A biosolids and therefore Class A biosolids are often land applied to sites like parks and golf courses.〔出典:Land Application of Biosolids | US EPA『Land Application of Biosolids』〕
私たちは「絶対に安全です」という根拠のない精神論は唱えません。「どこにリスクがあり、それをどう管理すれば安全を維持できるのか」を、科学的データに基づいて把握していること。この透明性こそが、私たちが考えるお客様との信頼の基盤です。
【ポイント】
- 堆肥化の可能性を探る大腸菌検査により、通常利用時の高い安全性を確認。同時に、過酷な条件下でのリスクも特定し、透明性の高い情報開示と科学的管理の重要性を示しました。
「結果」ではなく「原因」を制御する、科学的プロセス管理という発想
臭いの原因や衛生リスクを科学の目で見つめたことで、私たちは品質管理に対する新しい考え方に辿り着きました。それは、問題発生後に対処する「結果の管理」ではなく、そもそも問題を起こしにくい状態を目指す「原因の管理」、すなわち科学的プロセス管理です。これこそが、バイオトイレの品質を安定させるための鍵となります。
多くの衛生管理は、「臭いが出始めたから消臭剤を」「動きがおかしいから部品交換を」といったように、問題が発生した後の対症療法になりがちです。もちろんそれも大切な処置ですが、しかし、それでは根本的な解決につながりにくく、また同じ問題が繰り返されてしまうかもしれません。
本当に大切なのは、そもそも問題が発生しにくいように、日頃からその「原因」となりうる部分に目を配り、管理していくことです。
今回の京都大学との分析で明らかになった「水分量」と「使用回数」。これこそが、まさに私たちが重点的に目を配るべき、バイオトイレの品質を左右する大切な管理ポイントです。私たちは、科学が示してくれたこの2つのポイントを日々の指標とし、常に適切な状態に保つことで、臭いや衛生レベルの低下といったトラブルを未然に防ぐことを目指します。
【ポイント】
- 対症療法的な「結果の管理」から脱却し、「水分量」「使用回数」という科学的に特定された「原因」を制御する、予防的なプロセス管理こそが品質安定の鍵です。
このアプローチを支える、世界レベルの知見とのパートナーシップ
ミカサが基本姿勢とする科学的プロセス管理は、水・衛生(WASH)分野の専門家である、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の原田英典准教授との強固なパートナーシップに支えられています。その強固なパートナーシップは、技術アドバイザーという形で現在も続いています。
原田准教授は、サニテーション研究の第一人者の一人であり、国連の公式プログラムであるWHO/UNICEF「水と衛生に関する共同モニタリングプログラム(JMP)」の諮問委員も務めるなど、世界レベルの研究者です。

〔出典:科学技術振興機構 researchmap|原田 英典〕
今回の大腸菌分析の結果に対し、原田准教授からは専門家ならではの、非常に示唆に富んだ評価をいただいています。
(私の)予想としては大部分の堆肥でそれなりに大腸菌がでるかと思ったのですが、想像より大腸菌が少なかったようです。とはいえ、現状での他者に渡してコンポストを利用するような状況を考えるのであればいつでも安定して基準をClass Aを下回れるようにしたほうがよいでしょう。
専門家の予想を上回る衛生レベルが示されたという評価と同時に、安定して安全基準を満たし続けるための改善に向けた、次なる課題もいただいています。世界レベルの客観的な知見と、現場のリアルなデータ。この両輪を回し続けることが、私たちの品質を支えています。
原田准教授の最近のご活躍
- 朝日新聞 with Planet:「教わる」ではなく「実感」を ザンビアで続くコレラ予防の試みとは
https://www.asahi.com/withplanet/article/15955017 - 朝日新聞 with Planet:なぜコレラ止められない 追いつかないインフラ、「緊急に対処必要」
https://www.asahi.com/withplanet/article/15955286 - 朝日新聞:広がるコレラ、亡くなる子 トイレ問題と20年向き合う研究者の思い
https://www.asahi.com/articles/AST8M3T3HT8MUTFL00SM.html
【ポイント】
- 私たちの科学的管理アプローチは、世界基準で確かな知見をお持ちの京大・原田准教授との継続的なパートナーシップに裏打ちされています。
「科学」から「標準作業」へ。私たちが目指す未来
どれだけ高度な科学的な知見があっても、現場で活かせなければ意味がありません。私たちは、今回の分析で得られた「臭いの原因」や「衛生リスクのポイント」といった大切な知見を、誰もが日々の業務の中で無理なく実践できる「新しいメンテナンスの指針」として、マニュアルに反映させていきたいと考えています。
この取り組みが形になれば、担当者個人のスキルや経験に頼ることなく、誰もが安定した衛生管理を行える未来が拓けるはずです。
私たちが目指しているのは、単なる手順書ではありません。例えば「チップの水分量を確認しましょう」という一つの作業にも、「これは臭いの原因になりやすい菌を元気にさせないためなんですよ」という、しっかりとした科学的な裏付けがあります。
作業の裏側にある「なぜ?」を理解できることで、担当者も納得して取り組むことができ、現場では「使用回数」という画一的な管理から一歩進んだ対応が可能になります。その結果、管理の手間やコストを抑えながら、安定した品質を長く保つことができる。それが私たちの目標です。
まとめ:信頼は、透明なデータと管理体制の上に築かれる
本記事では、従来の画一的な管理が抱える限界を指摘し、私たちが京都大学の協力を得て行った科学的根拠に基づいた衛生管理アプローチをご紹介しました。
- 臭いの原因をデータで特定
機械学習により、臭いの要因が「使用回数」「水分量」「状態(目視)」である可能性を提示。 - 安全性をデータで公開
大腸菌検査により、通常利用下での安全性が良好に保たれる可能性を確認。同時にリスクも開示し、管理体制を構築。 - 新しい品質管理の発想
原因(プロセス)を管理することで、結果(臭い・衛生状態)を制御する、科学的なプロセス管理を提唱。 - 誰でも実現できる標準作業
科学的知見を具体的なマニュアルに落とし込み、属人性を排除した安定品質の実現をサポートする。
私たちが大切にしているのは、第三者のデータに基づく安心感と、リスクを正直に見つめて管理していく「信頼の仕組み」そのものです。
そして、その信頼を現場で形にするのが、知識と経験豊かな専門スタッフによるアフターフォローです。科学的知見を取り込んだマニュアルと、日本各地の現場へお伺いするフットワーク。私たちはこの両輪で、お客様のバイオトイレが常に最高のコンディションを保てるよう、責任を持って支え続けます。
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よくある質問 (FAQ)
Q1:バイオトイレの衛生面について、客観的なデータはありますか?
A: はい、京都大学に依頼した分析による臭いの原因究明と、使用済みチップの大腸菌数測定のデータを公開しています。分析の結果、臭いには「使用回数」「水分量」が影響しやすいこと、また大腸菌は15検体中9検体で検出されず、通常利用下で良好な衛生状態を保つ可能性を確認しています。
Q2:トイレの「臭い」の主な原因は何ですか?また、どうすれば管理できますか?
A: 京大のデータ分析により「使用回数」と「水分量」が影響を与えやすい二大要因だと判明しており、これらを弊社提供のマニュアルに沿って適切に管理することが効果的な管理方法です。特に水分量が多すぎると、悪臭の原因となり得る嫌気性菌が優勢になる傾向があります。
Q3:メンテナンスは担当者のスキルに依存しませんか?
A: はい、臭いの原因となり得る重要管理点が科学的に特定されているため、そのポイントを確認する標準化されたマニュアルがあり、担当者のスキルに依存しにくい仕組みです。確認すべきは「水分量」や「使用頻度」といった具体的な指標であり、これによりメンテナンス業務の属人化を防ぎ、品質の安定化を図ります。
Q4:京都大学とは具体的にどのような検証を行ったのですか?
A: 主に、実際のメンテナンスデータ約2年分を機械学習で分析し「臭気の発生要因」を特定する検証と、使用済みチップを採取して「大腸菌数を測定」する衛生性評価の2つを行いました。分析にはランダムフォレストという統計手法を用い、大腸菌検査はUSEPA(米国環境保護庁)の基準に照らして評価しています。
Q5:従来の汲み取り式仮設トイレは、なぜ構造的に臭いが発生しやすいのですか?
A: 便槽内で汚物が腐敗することによって硫化水素やメチルメルカプタンが発生し、その臭いが便槽から室内に逆流しやすい構造になっているためです。ミカサのバイオトイレは、臭いの出にくい「好気性分解」を促進する仕組みであり、根本的な「分解方式」と「構造」の違いが、快適性の差に繋がります。